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書評:雨の塔/宮木あや子

あらすじ

資産家の娘だけが入ることのできる「この世の果て」である全寮制の岬の学校,そして学校内の寮の一つである丸い塔が舞台となる.岬の学校は,好きな家具も,好きなお菓子も,好きな衣服も,好きなファッション雑誌も手に入るけれど,情報だけは手に入らない.外界から隔離された「世界」で,事情を抱えた少女たちが何を考え,何をして生きるのか.
外界から隔離されているために様々な柵からは解放されている.しかし,だからと言ってその内側が楽園であるかと言われればそうではない.

雨の塔 (集英社文庫)

雨の塔 (集英社文庫)

書評

物語の中では,徹底して少女たちの純粋さが表現される.ここでいう純粋さとは,処女性とか,子供らしさではなく,ひたすら愚直であるということである.人を愛することも,人を避けることも,人に依存することも,全てが純粋である.
物語中の四人の登場人物は,それぞれ複雑な事情を抱えていて,そして何かに縛られている.そしてその背景が故に,惹かれ合い,嫉妬し,狭い世界の中で関係を構築し,壊し,構築していく.

果たして愚直な少女性の演出には様々な小道具が使われている.章立ては十から成るけれど,第二章からして如何にも少女性を強調するかのように色々なものが物語に登場する.「ファンシーなピンク色の猫が描かれたカード」,五本もある「桃の匂いがするフランスのシャンプー」,虹が作れるほどの量の「アロマキャンドル」,十箱もある「苺味のオートミール」,「バナナ味のオートミール」,期間限定「さくらんぼのパルフェ」,「バナナのマフィン」,「チューリップの形をした、机備え付けのランプ」……第二章の冒頭五ページだけでこの有様である.
第一章の(終末ではない,中途半端などんよりとしただけの)曇天は,まさに陰鬱とする天気である.終末を予感させる嵐は,ある種の高揚感を生み出し,悪天候ながら振り切れた爽快さを感じさせる.しかし第一章のそれは全く違い,ただただ鬱屈するような,如何にもどんよりした空気である.
第一章では,冒頭からして「風化して褪せたような古い港町は」から始まり,舞台の曇天や鈍色の雰囲気を書き出して閉塞感が全面に押し出されていた.第二章では対比するかのように,上記の通り押し付けがましいほどの少女性を提示する.この対比によって見事に,舞台の閉塞感と,しかしながら少女たちの内包する純粋さを表現している.そしてその純粋さは物語の最後まで常に描かれ続ける.

ところでこの物語の繊細な美しさは,徹底された純粋さだけではなく,極限まで無関係な要素を排除したことにもある*1
例えば,そもそも学校内では女子たちの交流が非常に希薄である.異なる部屋の女子たちの交流が最初に描かれるのは第二章で矢咲が都岡のマフィンをもらった(取った)ところだけれども,とてもそっけなく書かれている.第三章の最後になって,異なる部屋に住む少女たち(しかし主要登場人物同士)の真っ当な交流がようやく描かれる.他の女子たちは,全く出ない.第一章で丸い塔に五人目(矢咲)が現れたと言われるが,主要登場人物で矢咲より先にいた(主要四人がこの時点で揃ったとして)一人については名前も,容姿も分からない.
都岡の都合の関係上,寮が三つあることは明かされるが,塔が一番安いことしか分からないし,それ以上関わることもない.そこに誰が住んでいるかも分からない.
そうして可能な限り関係の薄い要素を描写しないことによって,彼女たちの存在が明確に,浮き彫りになっていく.外界と隔離された狭い世界の中で,彼女たちの感情や行動全てがきらめいていく.良い感情も,悪い感情も,何もかもが.

少女たちは,交流を深めるにつれ,様々に惹かれ合い,嫉妬し合い,混沌とした感情を発露していく.過去に縛られ,過去と向き合い,現在と向き合い,現在を考え,未来を考えていく.未熟な精神のまま,それでもなんとかして,生きていこうとする.貪欲で,純粋な姿が,そこにはある.

*1:登場人物にはこれと言った特徴がない.この学校に来るような人間としては珍しく髪が短いとか,お菓子を作るとか,何が好きとか,そういうのはある.けれども,こういう人間だと一言で何か言えるほどの特徴がない.それも影響しているのかもしれない.