読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日本の数学教育の変遷

はじめに

二階線型斉次微分方程式ぐらいは高校の範囲でいいと思うんスよ(選民思想).

Motivation

「昔は高校で群論の講義があった」なる噂を聞いた(恐らく半年ぐらい前のことだ).これがひとつ.
ちなみに群とは,数の集合に,結合法則単位元・逆元を備えた二項演算が一つあるもののことで,例えば「整数・加算」などの組を群と言う*1

大学図書館で1976年(昭和51年)初版発刊「例題が教える群論入門」を借りたのだが「序にかえて」曰く:

われわれは小学校時代に,1+1は2である:

1+1=2

と教わってきた.<中略>

しかし,中学生にもなると,1+1は0にもなる:

1+1=0

という.

とあった.<中略>は筆者による.また原文に於いて数式はセンタリングされている.

過去の高校数学教育に於いて群論が実施されていたのか,中学数学教育に於いて標数0*2でない数理体系*3を扱っていたのかを確認することが本記事のMotivationである.

Remark

学習指導要領は基本的に元号のみで記されているが,本記事では年号を表す際は一貫して西暦と元号を併記した.
また学習指導要領は学習指導要領データベースインデックスを参照した.

本記事では中学及び高校教育に於ける数学教育にのみ着目する.そのためそれ以外の科目に関しては一切言及しない.
そのため以下において学習指導要領と言う時は「学習指導要領において算数・数学に関する部分」を指すものとする.

また筆者は高専出身のため高校の知識が全くないことに注意されたい.

学習指導要領の改訂の変遷

表に学習指導要領の変遷を記す.初の公布及び改訂された場合にoを記した.
学習指導要領は1947年(昭和22年)公布の学校教育法に則っており,同年に初めて施行された*4
また学校教育法においては義務教育は9年とされている.

西暦 元号 小学 中学 高校
1947年 昭和22年 o o o
1948年 昭和23年 o o
1951年 昭和26年 o o o
1956年 昭和31年 o
1957年 昭和32年 o
1958年 昭和33年 o o o
1960年 昭和35年 o
1968年 昭和43年 o
1969年 昭和44年 o
1970年 昭和45年 o
1977年 昭和52年 o o
1978年 昭和53年 o
1989年 平成元年 o o o
1998年 平成10年 o o o
2003年 平成15年 o o
2006年 平成18年 o
2007年 平成19年 o o
2008年 平成20年 o

ここでの年号は全て参照したURLと同様にした.
1947年(昭和22年)に,高等学校に関して制定が成されていると思うのだが見つからなかった.
また2011年(平成23年)にも学習指導要領の改訂があった.行列が消えた忌まわしき改訂である.それについては文科省のページを参照されたい.
また2018年(平成30年)にも改訂が成される.

小学校の学習指導要領

さて本記事のMotivationは,過去の学習指導要領において「中学生で標数0でない数理体系を扱うのか」「高校生で群論を扱うのか」であったが,小学校の学習指導要領はどうなのかを見てみよう.

今現在(2015年(平成27年))というのは過去最も数学を教育されない世代であろう.
高校の学習指導要領から行列が消える始末,誠に不可解であるが,まあ,その,なんだ,文科省は馬鹿の集まりなので仕方のないことかもしれない.とっと潰れた方が学徒の身のためになる.ついでに財務省も潰れてくれると良い.
ところで小学校の学習指導要領は昔からあまり変わっていない*5
おおよそ,分数の乗除,簡単な図形等の測定,比の理解などが小学6年生で学ぶ内容である.
唯やはり若干ながら量は減っており,1951年(昭和26年)の物を見ると:

1.具体的な経験をとおして,銀行や郵便局に,おかねを預けたり,ひき出したりする手続きを知らせる。

2.実際の場において,前期からの繰越を含んだ収支決算をする能力を伸ばす。

3.次の用語を知らせ,それを実際の場において,正しく使えるようにする。

請求書       領収書

貯金申込書   預金申込書   払出書

などとあり,実務の部分で今ではやらぬことを多くやっていたことが分かる.
事実筆者が小学6年生の時(2006年(平成18年))にはこのようなことをやった記憶はない.勿論算数以外の科目でもだ.
唯この辺りの事情は高校・大学進学率と相関があると考える.
進学率が低かった当時は家業の手伝いが多かったのだろうか?

西暦 元号 通信制を除く高等学校進学率 過年度高卒者を含む大学(学部)進学率
1951年 昭和26年 42.5% ----
1954年 昭和29年 50.9% 7.9%*6
1964年 昭和39年 69.3% 15.5%*7
1974年 昭和49年 90.8% 25.1%*8
2014年 平成26年 96.5%*9 51.5%*10

なおデータは学校基本調査を参照した.

学習指導要領の中身

以下の学習指導要領は学習指導要領 - Wikipediaを参考にし,年号を若干改めた.
2011年(平成23年)に関して,文部科学省のページのリンクを貼ったので,改訂され次第次のものに入れ替わる可能性がある(それを考慮してURLに年月日が含まれるものを記した).
表において基本的には中学3年生ないしは高校3年生で学ぶ内容の概略を記す.
但し一部は前後の対比をわかりやすくするため1年次から3年次のものを記した.

但し以下のものは大雑把なもので,正確な情報は,西暦に学習指導要領へのリンクを貼ったのでそれを参照されたい.

中学校学習指導要領

1971年(昭和46年)は濃密に濃密にやり過ぎた結果,全てを消化出来ていなかったようだ(学習指導要領 - Wikipedia参照).

西暦 元号 学習内容
1947年 昭和22年 関数(二乗に比例・反比例),統計,図形,力*11
歩合・利息・資本・公債・株式
1951年 昭和26年 比較,1次関数,グラフ,三次元の図形(回転体,投影図等),
三平方の定理,三角比,手形・小切手・税
1956年 昭和31年 高等学校のみ改訂
1961年 昭和36年 平方根の乗除,2次方程式,三角比,三平方の定理
1971年 昭和46年 1年:集合・論理(外延的記法,内包的記法,補集合,空集合,定義)
2年:代数的構造(閉じている,交換・結合・分配法則,単位元・逆元,
整数集合が離散的・有理数集合が稠密,剰余系)
集合・論理(論証,命題の真偽,定理,仮定,証明)
3年:無理数,実数,二次関数,定義域,地域,確率・統計,
集合・論理(背理法
1980年 昭和55年 1年:整数,一次方程式,近似,グラフ,空間図形,π
2年:一次不等式,図形の平行移動,確率・統計(平均値,度数分布ぐらい)
3年:二次方程式,集合,定義域,値域,統計(母集団,標本)
1992年 平成4年 1980年(昭和55年)とほぼ同様
2002年 平成14年 1年:整数,一次方程式,グラフ,空間図形,π
2年:一次不等式,図形の平行移動,確率
3年:二次方程式,図形,二次関数
2011年 平成23年 2002年(平成14年)の3年次にコンピュータを用いたものを追加

1947年(昭和22年)に関して,「数学的に形の美を理解することかできるかどうか。」(原文ママ)とあった.
1951年(昭和26年)に関して,「形の美しさや有用性」(原文ママ)とあった.
1971年(昭和46年)に関して,「生徒によっては,集合{a+b√2|a,bは有理数}」(原文ママ)とあった.
1980年(昭和55年)に関して,ぬるすぎて書く気をなくした.ゆとりの始まり.
2002年(平成14年)に関して,1980年(昭和55年)から統計と集合・論理をなくした感じ.いわゆるゆとり教育
2011年(平生23年)に関して,「コンピュータを用いたりするなどして,母集団から標本を取り出し,標本の傾向を調べることで,母集団の傾向が読み取れることを理解できるようにする。」(原文ママ)とあった.

三平方の定理はどの学習指導要領にも書かれていたと思う.

高等学校学習指導要領

西暦 元号 学習内容
1947年 昭和22年
1951年*12 昭和26年 確率(順列,標準偏差大数の法則),数列,指数関数・対数関数,
極限,微分積分,加法定理,公理,楕円,放物線,サイクロイド
1956年*13 昭和31年 数列・級数微分(二階微分),積分(台形公式)
順列・組み合わせ,確率・統計(大数の法則,抽出)
複素平面対数関数の微分対数関数の積分
1961年*14 昭和36年 微分(第二次導関数),積分(置換積分,部分積分),微分方程式*15
確率・統計(抽出・推定・検定)
複素平面,複利計算,数列・級数,Maclaurin展開
行列式,画法幾何,球面三角法,ラプラス変換*16
1971年 昭和46年 数学一般:電子計算機と流れ図
数学I:複素数,楕円,指数関数・対数関数,直積
数学IIA:行列,微分積分,確率・統計,電子計算機と流れ図
数学IIB:公理,ベクトル,行列,微分積分
数学III:数列の極限,微分(指数関数とか諸々),積分
微分方程式,確率・統計(推定,検定)
応用数学:OR
1980年*17 昭和55年 数学I:実数,二次不等式,複素数,二次関数,三角比,円
数学II:順列・組合せ,ベクトル,微分積分,数列,
指数関数・対数関数,三角関数,電子計算機と流れ図
代数・幾何:放物線,楕円,ベクトル,行列,空間図形
基礎解析:数列,指数関数・対数関数・三角関数微分の意味
微分積分:極限,微分(指数関数,接線),
積分(体積,道のり),微分方程式
確率・統計:分散,順列,確率,確率分布,推定,検定
1992年*18 平成4年 数学III:極限,微分三角関数とか),積分(面積,体積,道のり)
数学C:行列,楕円,双曲線,極座標,数値積分,統計(推定・検定)
2002年 平成14年 1992年(平成4年)とほぼ同様
2011年 平成23年 数III:複素平面極座標,極限,微分三角関数等),積分(体積等)
数学活用:数学と人間,ゲームやパズルと数学,社会と数学,データ分析

1951年(昭和26年)に関して,帰謬法の文字が見られた.
2002年(平生14年)に関して,数値積分という文字は見られなかったが,コンピュータを用いた近似値の計算は行っているので,数値積分を扱っているものとして考えた.

Motivationの確認

本記事のMotivationは2つあった.
「中学数学で標数0でない数理体系を扱っていた時期が存在したか」は1971年(昭和46年)の学習指導要領に関してYes(中学2年生の剰余系がそれに当たる).
「高校数学で群論を扱っていた時期が存在したか」は1971年(昭和46年)の中学校学習指導要領に関してProbably(中学2年生の代数的構造(閉じている,交換・結合・分配法則,単位元・逆元)がそれに当たる).

これらは無事確認された.

おわりに

勿論,量が多い即ち優れた学生が量産される,というわけではない.
実際,最も量が多かった1971年(昭和46年)の学習指導要領は教師の力不足(恐らく時間不足の方が強いが)等もあり結局網羅されないことが多かった.
が,現状の中学校及び高等学校における数学教育の内容の薄さは度し難い.
今,2011年(平成23年)の学習指導要領の被害を受けた学生が大学に進学している.
結果,大学の講義において,以前までは高校で履修していたため省略していたところを説明する事態に陥っている.
この責は学習指導要領を改訂する文部科学省にあるものであり,この改訂を支持した人間は,何を言わんや,全て腹を切って償うべきである.

ちなみに「はじめに」で記したことは勿論冗談であって,1992年(平成4年)程度の分量が程良いというのが所感である.
また高校で学ぶ程度の数学(勿論それ以外の科目もだ)は一般常識と思いたいが,得手不得手はある.
苦手な科目の理解が3割程度とすると,数IAぐらいの知識は完備が妥当なものだろうか……まあ苦手な人間は更にそれが3割とかなので,ああ,1割の理解だ.

おまけ

群の公理

空でない集合 G 上に二項演算 \cdot が定義され以下を満たす時,組 (G,\cdot) を群と言う.

  1.  \forall a, b, c \in G, (a\cdot b)\cdot c=a\cdot (b\cdot c)
  2.  \exists e \in G, \forall a \in G, a\cdot e=e\cdot a=a
  3.  \forall a \in G, \exists a^{-1}\in G, a\cdot a^{-1}=a^{-1}\cdot a=e

例えば (\mathbb{R}^{\times}, \times)  (\mathbb{Z}, +) は群である.

剰余群

剰余系は恐らく剰余群を指している.例えば剰余群 \mathbb{Z}/n\mathbb{Z} で加算を以下のように定義する.
 0+1=1,1+1=2,2+1=3,\cdots,(n-1)+1=0
この時 \mathbb{Z}/2\mathbb{Z} を考えると
 0+1=1,1+1=0
となり,Motivationで引用した数理体系となる.

*1:非常に怪しい説明なので本記事の最後に公理を示した.

*2:乗法単位元(つまり1)を何度加算しても0にならない

*3:正確には代数的構造と言うが,代数を知らない人間にはこのような言い方の方が分かりやすいかと思った

*4:1953年(昭和28年)のものまでは名称が異なっているがそこには触れない

*5:確認したのは1951年(昭和26年)のものと2002年(平成14年)のもののみである.

*6:男子13.3%,女子2.4%

*7:男子25.6%,女子5.1%

*8:男子38.1%,女子11.6%

*9:通信制を含めれば98.4%

*10:男子55.9%,女子47.0%

*11:物理的な意味合いでの力と思われる

*12:科目が一般数学,解析I,解析II,幾何とあったので解析IIと幾何から抜粋した

*13:科目が数学I,数学II数学III応用数学とあったので数学III応用数学から抜粋した

*14:科目が数学I,数学IIA,数学IIB,数学III応用数学とあったので数学III応用数学から抜粋した

*15:axy''+bxy'+cy=0程度とある

*16:但し「学科によっては」という注釈がある

*17:数学Iは第1学年,微分積分を除くそれ以外は数学Iの後,微分積分は基礎解析の後.

*18:いわゆる数IA,数IIB,数IIIC